大人の放課後をもっと
大人になっても、仕事してても、もっと自由に好きなことしていて楽しんでいていいんだな、と思った。
ネットで、大学でたまたまゼミで一緒だった同級生を見つけたときに、そう思った。
とくべつ仲がよかったわけではない。
けれど、彼の余裕のある感じにはすごく好感をもっていた。
真面目にやっているのに、でもどこかうまく抜けていて、それが心地いい。
それは、正方形でかたどられている、というよりいつもゆるい楕円形を保っていて、それはまるでアメーバのようで、まわりのひとを取り込んでいくような、吸引力がある。
だから、いつのまにかみんな彼のことを好きになっていった。
正方形でカクカクになってしまいそうな小難しい勉強をしていても、彼はみんなの空気をリラックスできる楕円形にしてくれる。
彼にはそんな不思議なちからがあった。
だからといって、とくべつ仲がよくなることもなかった。
そんな彼は、たしか、新橋にある広告代理店のグループ会社に就職がきまった。
一度だけ、社会人になってから新橋駅の中でスっとすれ違ったことがあって、そのときもゆるく、「おっ」と彼は声を発した。
思わずわたしは笑ってしまう。
そして、わたしも「おっ」という。
久しぶりにあったにもかかわらず、そのあともそれ以上でもそれ以下でもない会話をして、別れた。
それからもう10年以上、会っていない。
話もしてないし、もちろん連絡もとっていない。
そんな彼をネットで見つけた。
ほんとうにたまたまだった。
彼は、今、働きながら、音楽活動をしていて、ついこないだのフジロックに出演したらしい。
驚いた。
そんなことができるのか。
羨ましい、と思った。
この記事をよんで、すてきな考え方をする人たちだな、と思った。
こんな風に思えたら、とても豊かな気持ちで、時間を過ごせるんだろうな、と思った。
(↓ぜひ読んでみてください)
そして、toconomaの曲を聞いたら、さらにすてきだと思った。
私は、ただ仕事をして、家に帰って、あっという間に終わる1日を過ごしていて、休日もダラダラ。
もっとすきなことを、大人の放課後をもっと楽しみたい。
さて、なにをしようか。
なにができるのかな。
そんなことを考えていたら、なんだかそれだけで楽しくなってきた。
ということは、きっとそれが本当にできたら、もっと……。
誰かに認められるためではなく、そんなことはどうでもよくって、自分が満足できるナニカを見つけたい。
自分が、自分で、楽しめるそんなナニカを。
それを考えながら、toconomaを聞いていたら、なんだかもうすでに大人の放課後がすこし楽しくなったような、そんな気がする。
(そう、わたしは単純なのです)