ぱんこの日記

ていねいなくらしのために、ゆらゆら書きます。

マウンティングって本当にあるんだって思った

女子高でも大学でも職場でも、運よく、なんとなくやってこれたもんだから、「マウンティング女子」という言葉をきいても、今まであまりピンとこなかった。

そんな人もいるんだろうなー、めんどくさそうだなー、なんて他人ごとのように思ってた。

でもそれは、ただ単に気がついてなかっただけで、実は日常的にコロコロ転がっているもんなんだって今さらながら気づいた。

気づいた、といって自分が被害者のように語るつもりはさらさらなくって、無意識のうちに自分もやっているんだってことも気づいている。

気の合う友だちとは、最近はまりはじめた競馬だの、サッカー日本代表のことだの、半分青いがキュン死にするだの、たわいもない話をするのがイチバン。

それで盛り上がるのがイチバンいいんだと思う。

こちらはちょっとした報告をしたつもりで、とくに他意はなくても、相手からは「負けまい」という意思を含んだ言葉で、ボディブローを受けることがあるからね。

そして、こちらそれを無意識にやってしまうこともある。

その落とし穴にはまらないよう、気をつけましょう。

いやー、マウンティングしてしまわない方法がついぞわかったような気がする。

そんな33歳はなんだか疲れたので、もう寝ようと思います。

ぐーすかぴー。

彼氏に心地いいことばをもらえるかどうか問題

もっと痩せなよ。おしゃれしなよ。がんばりなよ。

こんな言葉をかけられるたびに、まるで部屋の片隅にどんどん追い込まれて行くゴミのような気持ちになったものです。

これらは、私が前に付き合っていたひとにかけられた言葉。

その当時は、

その通りだ。私はなまけすぎなんだ。もっとがんばらなきゃ。おしゃれに美容に励んで、ダイエットもしなきゃ。

と素直にそう思いました。

疑うことや、反発をすることは毛頭なかったと思います。

でも、どこかで、悔しいと思っていたのはたしかで、そのような言葉をかけられるたびに、どことなく居心地が悪く、そして惨めな気持ちになっていったのです。

彼からの言葉は正論ではあるけれど、でも決して心地よくはない言葉。

それなのに当の私は、呑気なもので、彼が自分のことを正面切って否定している、という事実にまったく気づかず、なんともアホヅラで「がんばろう」などと思っていたのです。

そんな当時の私のことを思うと、今、とても可哀想でなりません。

守ってあげられなくてごめん、と言いたい気分です。

もし今の私だったら、「あんたの価値観押し付けるんじゃねぇよ! ふざけんな!」ということができるのですが。

そう言えなかったことが本当に悔やまれます。

しかし、まあ、それはそれでよかったのです。

その彼と結ばれず、別れることになり、そのあとも彼との思い出に長らく苦しめられたのはまぎれもない事実ですが、それでも、それでよかったのです。

自分の価値観を相手に押し付けて、自分の思い通りにしようとするという、そんな彼はいらなかったのです。

だからこそ、思います。

今、私は今の彼に出会えて本当によかった、と。

がんばりすぎてしまう私に、「ほどほどでいいんだよ」と声をかけてくれる彼がそばにいてくれるから、私は今やっとうまく力を調整することができている。

そんなのいい大人なんだから自分で調整しろよ、って感じですけれど、それは頭ではわかっていてもどうしてもストイックにしてしまうんです。

それを知ってから知らずか、ほどよく声をかけて、ちょうどいいくらいにしてくれる。

彼は私にとって温泉のような存在です。

温かくて、気持ちのいいぬるま湯につかっていると、ふやけてしまうと思うのですが、この状態でずっと浸かっていようと思います。

そのうちそのお湯が冷めてしまうこともあるかもしれないけれど、最低限、せめて人肌の温度でお互いが気持ちいい温度にしていたい。

水にはならないように、私もそこをあたためるように。

彼にもあたためてもらえるように。

一緒に住んだら変わること、子供がもしできたら変わること、あるかもしれません。

けれど、今このありがたいという気持ちを忘れないように、この記事を書いてみました。

ありがとう、という気持ちを忘れないために。

 

ドイツのパンを作りました

ひさしぶりにパンを作った。

ラウゲンブロートという、ドイツのパン。

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これ、フランスパンを作る時とおなじ小麦粉をつかって作るんですけど、焼いたあとの香りがどんなパンよりも香ばしくて、すばらしくいいんです。

そして、驚くのがその作り方。

ほかのパンとは違って、途中で重曹と食塩を溶かしたお湯にくぐらせる。

こうすることで、ふつうに焼くよりも茶色くなって、見た目もすてきに仕上がります。

(この茶色はこげているわけではないんです!)

いろんなパンを作っていると、「へぇ!」という驚きがあって面白い。

この「へぇ!」を、人生のなかにたくさんつくっていきたいなぁ。

世の中って、しらないことがいっぱいです。

 

久しぶりの取材現場

私が所属しているのは「企画部」。

企画、といっても商品の企画ではなく、営業企画をやっています。

もう少し具体的におはなしすると、営業さんの「売りやすい」を作る仕事です。

なので、営業ツールであるカタログを制作したり、新規顧客を発掘するためにイベントを企画し開催したり、商品などをアピールするためにWebの記事作成やSNSでの販促なんかもやっています。

非常に多岐にわたる仕事をしている(前回の記事の新人研修もしかり、その他インターンの受け入れ対応などもやっている)ので、一体なにをやっているのか分からなくなることがありますが、

私が一番すきな仕事は、ダントツで「事例カタログ」の制作です。

その取材をひさびさにしてきました。

このカタログは、営業さんが、苦労して受注し納品した現場を取材し、それをカタログとしてまとめ、その事例をもって横展開(アカウント獲得)をしていくために利用されます。

それで、その何がすきって、もうね、取材なのです。

制作物であるカタログ自体はほんとうに「結果」っていうだけで。

それは料理でたとえれば、野菜を切ると言う行為が好きなだけで、その結果である料理自体には興味があまりない、というような、そんなかんじ。

 

取材には、ライターさん、カメラマンさんと一緒に現場に伺うのですが、これが楽しい。

そして、取材をするというそのものの行為自体が私はとてもすきで、というのも、みんな笑顔になるから。

取材をすると、

お客さんは、システムや学習空間を刷新してなにかしらの課題を解決できていることを、誇らしく思えて笑顔になるし、

うちの営業さんは、いろんな曲面を乗り越えて、無事に本稼働できたことが嬉しくなるし、

この空間には、本当に「いいこと」しかない。

私はもともと営業をしていたこともあって、その気持ちが痛いほどよく分かる。

だから、お客さんにも営業さんにも、思わず嬉しくなるようなことをあえて質問します。

だって、ここでウチの会社に決めてくれたことを存分に感じてほしいから。

そして、また購入してほしいから。

そしてそして、営業さんにまた頑張ってほしいから。

みんなが笑顔になれるって本当にいい気分で、やっぱり私はこうゆう取材が好きだとあらためて思ったのです。

できれば、取材をして、それを記事するライターになりたい。

取材後に、思いが高ぶってしまって、「私、ライターになりたいんです」って、今回のカタログ制作をお願いしている制作会社さんに売り込んでしまいました。

(絶対それはムリなことは分かっているけど。笑)

 

いやー、本当に楽しかったなぁ。

もちろん仕事だから楽しいだけじゃないのはよく分かるんだけど。

それでも、やりたいと思ってしまうんだなぁ。

 

もしかしたら、隣の芝は青く見える、ってこうゆうことなのかもしれませんね。

 

研修して分かった、デキる(だろう)人の特長

ここのところ、とても疲れている。

寝ても寝ても、どうもぐったりしてしまっていて、暇さえあれば寝てしまいたい衝動に駆られながら仕事をしている。

それはどうしてかというと、持ち合わせているパワーのほとんどを新入社員の研修にぶつけているからにほかならない。

59人の若者たちの前に立ち、話をし、ときに指導をする、というのはことのほか疲れる。

おそらくそれは、緊張もあるだろうし、相手が理解しているかどうかを確認するために、身体全身がアンテナになっていろんな情報を受信しようとしているからだろう。

こんなにも疲れることを、学校の先生は毎日やっているのか、と思うと感服すると同時に感謝しかない。

少し話が逸れてしまったが、そうゆうわけで今とても疲れている。

そんなある日の朝礼でのこと。

 

わたし)おはようございます。それでは、本日の研修を始めます。号令お願いします。

新人)起立。礼。お願いします。

新人全員)お願いします。

 

このあとは、一日のスケジュールと目標の話、事務連絡をする予定だった。

なのに、座った途端に、一番前に座っている子が、おおおおーきな口をあけて欠伸(あくび)をしたのである。

ついつい目が丸くなった。

そんなことがあるか?

一気に怒りが頂点に達した気の短い私は、朝一で怒ったのである。

いや、こっちだって怒りたくはない。

疲れているうえに、ムダなパワーを使いたくないのだ。

本当なら、お願いだからこちらを怒らせないでくれよ、と言いたいくらいだ。

しかし、これは見過ごすことはできまい。

 

はい、朝いちばんで、大きな欠伸をした人がいますね。どうしてそんなことができるのでしょうか。我慢できないなら、せめて手で隠すとかそんな配慮はできないのでしょうか。とても失礼です。実は、昨日もそんな人が多数いました。前に立っていると本当にいろいろ見えます。(以下、省略)ということで、しっかりしてください。

 

立て続けにスラスラと言葉が出てきて、止まらない。

あー、こんな自分は出てきてほしくないのに。

しかし仕事だから仕方ない。

あくびの彼の気持ちも、よーくわかる。

そりゃ、聞いてる方も疲れるよ。

でもよ?  朝一でそりゃないだろう。

というわたしも、もしかしたら、過去の新人研修で大あくびをしていたこともあるかもしれない。

人のことは言えないかもしれない。

それに、人のことをとやかく言えるほど、わたしは完璧ではない。いや、むしろ不完全すぎるくらいだ。

なのに、こんなことを言ってしまうなんて。言わなければいけないなんて。

と、このような叱りモードの後は、必ずと言っていいほど、こう思うのだ。

 

そんな時、59人を見渡すと、目を伏せているひと、あらぬ方向を見つめ続けているひと、そしてこちらを直視しているひとと、さまざまだった。

はじめはそれを何となく見渡していたのだけれど、ふと、そこにある法則があることに気付いた。

それはこうだ。

目を伏せている人は、ふつうゾーン。

あらぬ方向を見つめている人は、やる気ないゾーン。

そして、こちらを直視している人(だいたいが姿勢がとても良いのだが)は、向上心のあるゾーン。

というふうに。

勝手にカテゴライズするのも、どうかと思うが、でも実際そうなのだ。

彼らには毎日日誌を書いてもらっているのだが、だいたいそれでその子の習熟度や成長度が分かってしまう。

この情報を感覚的にインプットしているのだが、これか講義を受けている態度と、日誌内容の濃密さとが、キレイに相関関係として出来上がっている。

でもそうよね、と思うのだ。

だって、相手の話をどれだけ真剣に聞いているか、でインプット量や質は大きく変わってくるわけだのだから、至って当たり前の話なのだ。

デキルひとって、きっとデキルというわけではなく、相手の言葉を自分の中に吸収しようとすることに長けているひとのことなのかもしれない。

と、なんとなくそう思った今日この頃。

というわたしも、あらぬ方向を見つめる、やる気ないゾーンなのですけどね。

voicyって知ってますか?

今さらながら、twitterを活用しはじめました。

情報収集としてtwitterを使えるということを知らずにいたのですが、仕事でマーケティングをしている中でそんな使い方もあるんだ、ということを知ってリサーチがてら自分でも始めてみたのです。

結果、とても面白いと思いました。(いまさらー!笑)

テレビを見ながら、その反応をtwitterで追えるし、自分の感性が世間とはずれていないことを確認したり、共感したりと、たとえ一人でテレビを見ていても、近くに見えない仲間がいるようで楽しいのです。

と、そんなこんなでtwitterにはまっています。(もっぱら見る専門ですけど)

そして、どうゆうつながりでそれを知ったのかよくわからないのですが、とにかくいろんな人をフォローしまくっていたら、voicyというものに出会いました。

↓これ

Voicy(ボイシー)- 今日を彩るボイスメディア

アプリで楽しめる、ラジオです。

ですがこれって、芸能人がパーソナリティではなくって、ネットで活躍している人とかが話しているラジオです。

私がよく聞いているのは、はあちゅうさん、イケハヤさんの番組なのですが、これがそれぞれとても面白くて、勉強になるんです。

よっぽどテレビを見ているより、有意義な気さえします。

私は会社員としてお金を得て生活をしているのですが、経営者としてまたはブロガーとして活動している彼らの話はとても新鮮で、ハッと気づかされることがとても多いです。

とくに、イケハヤさんは高知県限界集落で家族5人で暮らしているそうですが、年収1億円とのこと。

まさかそれを自分が目指しているわけではないのですが、彼の発想自体がとても面白くて、東京で消耗していていいんですか、っていう問いかけをずっとしています。

それは共感するところもあり、違うでしょって思うところもあり、それが簡単にできたらそうしたいよと思うところもあり。

いろんな感情を生み出してくれます。

それから、はあちゅうさんは、ファンからの人生相談への回答の爽快たることや、いとをかし。スパっと切りまくる回答は、こちらに活力を与えてくれます。

彼女の聡明なところ、そして軸がぶれないところは本当に素晴らしく、その話のわかりやすさにも感服しています。

これらを聞きながら通勤すると、なかなかいい感じの気持ちになれるので、最近はvoicyを聴きあさることが多いです。

私がいま、働き方に迷いがあるから心に刺さっているというところもあると思うのですが、フリーランスでの働き方や転職など、今後の働き方についてとても参考になります。

それに、知らない世界を知れたり、もします。

はあちゅうさんは、ナンパ師や、インフルエンサー、アフリカ生活をする日本人にインタビューしてて、それがまた面白い!)

 

会社に頼らない生き方(フリーランスでライター)ができたらどんなにいいか、と思うのですが一方でやっていけるのだろうか、という不安もありますし、すぐには結論はでません。

または、子どもへの教育に携わりたいという気持ちもあり、これも捨てきれずにいます。

そうゆうやりがいのある仕事をしたいけれど収入が今よりも下がる、となるとどっちを選んだら幸せなのかよくわからなくなってしまうのです。

今はvoicyを聞いて「そんな考え方もあるんだな」「そんな生き方をしている人もいるんだな」とぼんやり思って、ぼんやり将来について考えている感じで、それが心地いいのでしばらくvoicyを聞いていようと思っています。

もし、少し違う世界や考え方をのぞいてみたい、という気持ちがあったら、ぜひ一回聞いてみてほしいです。

もちろん、無料。

聴くだけで少しだけ世界が広がったような感じがして、おもしろいですよ。

 

わたしのルーツ 有田編

覚えられない住所がある。

それは、免許証を作るときにしか書くことがない「本籍」の住所。

いやー、全然覚えられない。

佐賀県西浦郡だっけ?

いや、佐賀県西松浦郡、が正解。

有田町のあとも、「大樽」という地名が続くのだけれど、これもどうにもこうにも複雑すぎて書けない。(特に「樽」)

そして、番地も4桁で覚えられない。

だからといって困ったことはない。

一度、なにかの証書を取り寄せるために、有田町の役場に電話したくらいしか有田との接点もなかった。

しかし、本籍地に行ったことがないって、なんかさみしくないか? 

そう思った。

唐津に行くのであれば、有田にも行けるはず。

ということで、行って来ました。

 

有田は、本籍地であり、祖父が生まれ育った町です。

手塚家は、もともと有田焼を売る貿易商をしていたそうです。

それで財を成し、銭貸をし、それが銀行へと発展していきました。

その銀行を作ったのが、私の曽祖父。

私の祖父の手塚隆次の、兄の文蔵さんはそれを受け継ぎ佐賀銀行の初代頭取となったそうです。

今まで知らなかったことばかりです。

これは、私が有田に行くことが決まってから父から聞いたことで、もし私が有田にいかなければもしかしたら、この話を聞くこともなかったかもしれません。

 

そして、有田には今も「手塚商店」があると聞いていました。

この商店は、祖父が生まれた家だそう。

まずはここに行くことを目標にしました。

カーナビの言う通りに車を走らせていると、急に「目的地付近です」と。

ええっ。ここなのか?

ちょっとわからないのでゆっくり走りながら、周囲を確認します。

すると、ありました!

なんとまぁ。

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こんな素敵なおうちが残っているなんて。

とても感動しました。

それから、近くに車に停めて、お店の中に入って見ました。

誰もいません。

誰もでてきません。

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自分から「すいませーん」と声を出すような勇気もなく(小心者のため)、

拝見だけさせていただきました。

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いやー、このハッピとか、もう。

いい味だしていて、出しすぎていて、うっかり「うわー。すげー」と言ってしまいそうなくらいでした。

 

それから他のお店にもおじゃまさせていただき、いろいろとお話を聞いてみました。

有田焼は、海外でも注目をされているらしいこと。

ろくろが上手なひとと、絵付けが上手なひと、それをすべてやる人といろんな作家がいること。

佐賀大学で、作家の養成をしていること。

ゴールデンウィークの陶器市の盛り上がり具合が、今年はとんでもなかったこと。

とにかく、時間をわすれていろいろお話を聞かせていただきました。

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そうこうするうちに、佐賀空港に向かわなければならない時間になってしまいました。

佐賀空港まで1時間。

そうグーグル先生は言っているのに、カーナビは1時間40分と言っていまして、

後者が正しければ、完全に乗り遅れるという危機的状況に、一気に陥りました。

先ほどまでの「いい気分」はどこへやら。

結果、ギリギリ帰りの便には間に合いました。

いやー、最後はとても慌ただしかったですが、本当に有田はいいところでした。

もっともっとゆっくり見たかった。

そして、車を運転している中でたくさんの「いい風景」に出会いました。

もし可能だったら、車を止めてシャッターを切りたかったのにー、というタイミングが10回以上ありました。

たくさんお皿やら箸置きやら購入しましたが、次は陶器市にきたいなぁ。

有田焼、おすすめです!

 

陶山神社

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