私の好きな街
ホームに降り立った瞬間、心が喜んでいるのがわかる。
そして、おもむろにキョロキョロあたりを見渡す。
自然と笑みがこぼれてしまっているのではないか、と不安に思うからだ。
そのくらい、私はこの街が好きだ。
もしかしたら、今、私が一番好きなのは、この街なのかもしれない。
最初にここにきたのは、たしか中学2年生のときだった。
その時は、母と一緒で、いつもよりドキドキしていた。
よそ行きの格好をしていたからかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
どこか、初めて友達のお家に遊びにいった時のように、お行儀よくしなくちゃいけない、とそわそわしているような感じだった。
30分くらい電車に乗って駅の改札を出たら、目の前に大人が行くようなお上品なデパートが、凛とそびえたっていた。
私が住む田舎町とは、全然違う。
歩いているひとたちも、素敵に見えた。
ここで大きな声で笑ってはいけない、と無意識に思った。
だからか、母の影にかくれるようにして、ひっそり歩いたのを覚えている。
次にきたのは、中学3年生の夏だ。
憧れの高校の文化祭に行くためだ。
2年生までは勉強なんてテキトーで、試験前にしかしていなかったのに、中3になると一気に受験モードになって、毎日毎日勉強をしていた。
それは、成績を上げたいと思っていたからで、それは憧れの高校に行きたいからだった。
けれど、どうも現実的に考えることができなかった。
なんとなくフワフワしているのだ。
いったこともない海の向こうにあるアメリカに想いを馳せているような、そんな感じ。
こんなに行きたい、と思っているのに、そこに通う先輩たちはどんな人たちなのか、どんな雰囲気があるのか、何も知らなかった。
そんな私に、塾の先生は「学校の雰囲気を知るために、文化祭にいってきらどうか」と勧めてくれた。
そうか、と思った。
それによっては、違う学校を受けたほうがいいかもしれないし、もしかしたらもっと憧れが強くなるかもしれない。
どちらにしても、行きたい学校を明確にするために、そして勉強のモチベーションを上げるためにも、いった方がいいな、とすぐに思った。
そして参加した文化祭。
驚いた。
本当に驚いた。
高校生って、こんなにエネルギーがあるんだ、こんなに楽しめるんだ、と思った。
先輩たちはみんな楽しそうで、笑顔が眩しくて、今にも走り出しそうなくらい元気で。
この人たちの仲間になりたい、と心の底から熱いものがムクムクと立ち上ってくるのがわかる。
もう、この高校に行くしかない、とすら思った。
だから、私は本当に勉強した。
もしかしたら、人生の中で一番勉強をしたかもしれない。
学校の授業でも、塾のテキストを取り出しては、受験勉強をした。
先生の声なんか、聞こえなかった。
だって、私はどうしてもあの高校に行きたいのだから。
目標が決まったら、一気に走り出せるというのは本当だ。
私はこの経験ができて、本当に幸せだと今になって思う。
こんなにも渇望して、こんなにもそれに一直線に走れることなんてそうないのだから。
そうしたくてもできないこともあるのだから。
この無我夢中の私を、学校の先生も、塾の先生も、そして両親も暖かい目で見守ってくれた。
そのおかげで、憧れの高校に入ることができた。
本当に嬉しかった。
合格がわかった瞬間、はじめて嬉し泣きをした。
母も一緒に泣いていた。
そんな親子が、受験番号が書かれた掲示板の前にはわんさかいた。
嬉し泣きをしている人もいれば、悔し泣きをしている人もいた。
そして、私は憧れの高校に入学した。
いつだったか、母とよそよそしく歩いていたあの街に、毎日通うことになったのだ。
真新しい制服を着て、白いルーズソックスをはいて、髪の毛を茶色に染めて、
毎日が楽しくてしょうがなかった。
授業では、みんなの個性が光っていて、先生とのやりとりが楽しかったし、
帰りには友達とたい焼きを食べにいったり、教室でだらだらいろんな話をして。
友達関係で悩んだこともあったのかもしれないけれど、それが思い出せないくらい、楽しい思い出がいっぱい詰まった高校生活だった。
だから、この街が好きなのかもしれない。
たくさんの思い出が詰まったこの街が。
大学生になると、それはそれで楽しくてなかなか埼玉で遊ぶことも少なくなってしまった。
もちろん大切な思い出には変わりないけれども、俊速で過ぎ去っていく日々に必死に追いつこうとしていたと思う。
好きな街である浦和に足を運ぶようになったのは、社会人になってから。
浦和にくると心が落ち着くのがわかる。
それは、海外旅行から帰ってきて、家にかえってきた時の安心感ににている。
私が過ごした高校時代からは、もう10数年たっていて、少しずつ変わっているのだけれども、それでもやっぱり落ち着くのだ。
私はこの街が第二の故郷だと思っていて、だから、いろんな環境が整った時には、浦和に住みたいと思っている。
その日が来ることを、とてもとても楽しみに、そしてその日を迎えられるようにいろいろと準備をしていきたいと思っている。
待ってろ、浦和!