彼氏に心地いいことばをもらえるかどうか問題
もっと痩せなよ。おしゃれしなよ。がんばりなよ。
こんな言葉をかけられるたびに、まるで部屋の片隅にどんどん追い込まれて行くゴミのような気持ちになったものです。
これらは、私が前に付き合っていたひとにかけられた言葉。
その当時は、
その通りだ。私はなまけすぎなんだ。もっとがんばらなきゃ。おしゃれに美容に励んで、ダイエットもしなきゃ。
と素直にそう思いました。
疑うことや、反発をすることは毛頭なかったと思います。
でも、どこかで、悔しいと思っていたのはたしかで、そのような言葉をかけられるたびに、どことなく居心地が悪く、そして惨めな気持ちになっていったのです。
彼からの言葉は正論ではあるけれど、でも決して心地よくはない言葉。
それなのに当の私は、呑気なもので、彼が自分のことを正面切って否定している、という事実にまったく気づかず、なんともアホヅラで「がんばろう」などと思っていたのです。
そんな当時の私のことを思うと、今、とても可哀想でなりません。
守ってあげられなくてごめん、と言いたい気分です。
もし今の私だったら、「あんたの価値観押し付けるんじゃねぇよ! ふざけんな!」ということができるのですが。
そう言えなかったことが本当に悔やまれます。
しかし、まあ、それはそれでよかったのです。
その彼と結ばれず、別れることになり、そのあとも彼との思い出に長らく苦しめられたのはまぎれもない事実ですが、それでも、それでよかったのです。
自分の価値観を相手に押し付けて、自分の思い通りにしようとするという、そんな彼はいらなかったのです。
だからこそ、思います。
今、私は今の彼に出会えて本当によかった、と。
がんばりすぎてしまう私に、「ほどほどでいいんだよ」と声をかけてくれる彼がそばにいてくれるから、私は今やっとうまく力を調整することができている。
そんなのいい大人なんだから自分で調整しろよ、って感じですけれど、それは頭ではわかっていてもどうしてもストイックにしてしまうんです。
それを知ってから知らずか、ほどよく声をかけて、ちょうどいいくらいにしてくれる。
彼は私にとって温泉のような存在です。
温かくて、気持ちのいいぬるま湯につかっていると、ふやけてしまうと思うのですが、この状態でずっと浸かっていようと思います。
そのうちそのお湯が冷めてしまうこともあるかもしれないけれど、最低限、せめて人肌の温度でお互いが気持ちいい温度にしていたい。
水にはならないように、私もそこをあたためるように。
彼にもあたためてもらえるように。
一緒に住んだら変わること、子供がもしできたら変わること、あるかもしれません。
けれど、今このありがたいという気持ちを忘れないように、この記事を書いてみました。
ありがとう、という気持ちを忘れないために。