警察官と自転車と私
ピンポーン。
日曜朝9時。家のチャイムが鳴った。
あれ、何か注文していたっけな?
一人暮らしで、これといったご近所付きあいがあるわけでもないため、家のチャイムが鳴る理由としては、「宅配」か「勧誘」くらいしか考えられない。
ベッドの中で少し考えてみても、今日宅配が届く予定は何もない。
であれば、なんかの勧誘か。
ならば、と居留守を決めこんで、また寝ることにした。
ブーブーブー。ブーブーブー。
その直後、今度は携帯が鳴る。
画面を見ると、東京03から始まる固定電話からの着信だった。
覚えがない。なんだろう今日はおかしいな、とチラっと頭をかすめたが、まあこんな日もあるか、とまた寝ようとした。
いやいやいや、やっぱりおかしい。
チャイムの直後に電話。
まるでストーカーのようだ。
怖い。
念のため、着信のあった電話番号をインターネットで検索してみた。
すると、「目白警察署」と出てくるではないか。
なにかの間違いだろ、と思ったが、相手は警察だったのだ。無視はできない。
折り返しの電話をした。
「すみません、先ほどこちらの番号からお電話をいただいたみたいなんですけど……」
あ、特になにもありません、という答えを期待していた。
なのに、
「今、あなたの自転車が別の場所にありまして。至急、警察官を向かわせますね」
という回答だった。
え、自転車? もう何年も使ってないし、錆びついているし、鍵もかかっているはずだ。
どうして私の自転車が?
ハテナマークで頭がいっぱいだった。
間髪入れないタイミングで、またチャイムが鳴る。
インターホンの画面を見ると、警察官が2人立っていた。
まさか、我が家に警察官が来る日がくるなんて思いもしなかった。
寝起きで頭はボサボサ、メガネを慌ててかけて、寝間着のままだったけれど、気が動転してそのまま玄関のドアを開けた。
「先ほど、酔っ払いがあなたの自転車をもっていき、車になげつけたようです」
へ? 自転車を車に投げつけた?
待て待て待て。
そんな荒技をする人がいるのか?
どんだけ体力持て余しているんだ?
仮に、仮にだけど、車に投げつけるんだったら、他にもっと最適なものがあっただろうに。
石とか、もっと手軽なものが、あっただろうに。
なのに、なんで自転車? 分からぬ。
よく事情を把握できないまま、現場に連行された。
家から30mほど離れた現場には、ちょっとした人だかりができていて、思っていた以上に「非常事態」臭がプンプンしていた。
警察官は5〜6人いて、住民と話をしていたり、メジャーを持って計測したりしている。
「この自転車は、あなたのものですか?」
ポツンと置かれた黒くて錆びついている自転車。どことなく寂しげな表情をしている自転車。
間違いない。私の自転車だ。近くの「あさひ」で買って、最初の2ヶ月だけ乗り回して放置していた、私の自転車だ。
購入された当初はまさか、2ヶ月後から空気も入れられず、油もさされず、ただただ雨風太陽にさらされるだけの運命になるとは思っていなかっただろう。
ましてや、車に投げつけられるなんぞ思ってもみなかっただろう。
ごめんね、マイ自転車。
指紋採取のために、ポンポンされていて、黒い自転車はうっすら白くなっていた。
「被害届だされますか?」
そう聞かれて悩んだ。
被害届を出すことに、ではない。
私ははたして被害者なのだろうか、と思ったのだ。
自転車を持ち出されて、30m引きづられて、暴行の道具にされた。
たしかにこの事実を考えれば、まちがいなく「被害者」なのかもしれない。
しかし、自転車のことを考えると、どうも私はそうではないのではないかと思えてくるのだ。
むしろ、この自転車からしたら、私は加害者の一端を担っていたのではないかと思える。
もし仮に、私がちゃんと綺麗にメンテナンスをしていたら、持っていかれることはなかったのかもしれない。
もし、もう少し自転車に愛を注いでいたら、その愛が酔っ払いに伝わって、「この自転車はやめておこう」となったかもしれない。
そう思うと、なんとなく気が乗らなかった。
まぁ、でもきっと、毎日乗っていて愛着を持っていたら、被害届は迷わず出していただろうけど。
当てられた車の方もそこまでの損傷ではなかったようだった。
総じて大きな被害ではなく、よかった。
不可思議すぎて怖いし気持ち悪いので、早く犯人が捕まりますように。
いやー、何が起こるか分かりませんなぁ。